みちのく通信

わたしの故郷 みちのく 東北地方の話題を地元新聞 テレビなどからピックアップします

酪王カフェオレの カフェオレモナカ

郡山市民お馴染みの酪王カフェオレ

 

最近ではいろんなところとコラボしています。

2018年7月10日 イトーヨーカドー郡山店で購入した

「カフェオレモナカ」

 

 

 

 

110mlで税込140円  

お値段もお手頃

 

意外と美味しかったですねー

 

カフェオレといっても昔の「コーヒー牛乳」って言う感じかも。

作っているところはお隣  

栃木県の「フタバ食品

ここって芸能人で栃木県出身のU字工事さんが言ってた「レモン牛乳」を作っているところかな?

王カフェオレとのコラボ商品は柏屋薄皮饅頭でお馴染みの柏屋さんでロールケーキやシュークリームもあります。

酪王カフェオレのコラボ商品を探すのも面白いですね!

 

 

 

 

 

 

ヨークベニマルの「リサイクルステーション」

福島県民にとっておなじみのスーパー ヨークベニマル

 

チラシにはいっててようやく気づいたのですが、

 

ヨークベニマルにはリサイクルステーションがあるのですね。

 

 

 

2018.7.7土曜日に、このヨークベニマル八山田店にいって、古新聞を出してきました。

私だけかと思いきや、今月はナナコポイントが倍になるし、抽選とかもあるらしくて、私の前には3人ほど並んでいました。

やり方がわからなかったので、ちょうど良かったです。

前の人のやり方をみて、出せましたから。

ヨークベニマルはヨーカドー系ですので、電子マネーナナコカードです。

まずはこれを読み込ませて、古新聞をいれて(重さがカウントされる)

ポイントゲットの表示がでたらそれをタッチして終わりです。

リサイクルポイントとして計上され、ナナコポイントにも転換できるようです。

ナナコポイントは、電子マネーにも変えられます。

転換時は、専用の機械でやるとのこと、たぶん、ヨーカドーやベニマルの中などにある水色のチャージの機械だと思います。

リサイクルできるものには、ほかにはペットボトルもあるようでした。

ただし、焼酎の大五郎とかの馬鹿でかいサイズのは不可のようです。

ペットボトルを出している人もいて、ちらっとみました。

やり方は同じのようです。

ペットボトルをいれると中で裁断する音が聞こえました。

ペットボトルの中をゆすぎ、ラベルとふたをとって、軽くゆすいできれいにするというルールがあるようです。

リサイクルステーションに出しているひとをみると、みなさん、大変マナーがよく、ルールを守って出されていました。

曜日でしたので、家族連れできていた人もおおかったです。

八山田店は新興住宅街にあり、住民も若い世代が多いという印象。

 

リサイクルがポイントになって、それが電子マネーとして使える・・・

 

そんなことも知らずに、私は新聞紙は町内の資源ゴミの日に出していました。

今の若い人たちは情報通で、賢いなあと思いました。

 

次のは

私のサブブログです。

 

リサイクルとかシェアというのも時代のキーポイントなのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

仙台 七夕祭り

来月8月は東北の夏祭りが目白押しですね〜

 

 

 

 

宮城県仙台市の七夕祭り。

 

和紙で出来ているのでとても風情があり、品があり、素敵な七夕飾です。

 

私も行ったことがあります。

学生時代は仙台市に住んでいました。

 

仙台市はアーケード街が仙台駅前から続いており、その中に七夕を飾っています。

屋根があるから、雨の日のお買い物でも大丈夫だし、

七夕も雨に濡れないので安心です。

 

 

お祭りといっても、秋田の竿燈まつりや青森のねぶた祭りとちがって

参加型ではなく、動きもなく、

アーケード街をただ、そぞろ歩きするだけなんですけどね。

 

のんびりと、街歩き…………。

といっても七夕期間中はとっても混みますよね!

アーケード街のお店で、アイス食べたり、蒲鉾 買ったりと仙台は、

買い物が楽しい街です。

 

また、仙台は、海風が入るので、夏でも涼しい時があります。

オホーツク海高気圧の季節風の やませ が吹くと肌寒く、

時として、東北の太平洋側の地域は過去に何度も冷害になり、凶作になったこともあります。

同じ東北といっても日本海側には入ってきません。

 

私は、内陸部の福島県中通りに今は住んでいて

時折、中通りにも やませが入ってきます。

 

秋田育ちの私ですが、いまだにこの東北の太平洋側の 「やませ」には慣れませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鹿角(かづの)の視点で見つめる明治維新 150年

秋田の新聞のさきがけ新聞のツイッターにこんなのがありました。

 

秋田県鹿角市は秋田の県北に位置するところ、どちらかといえば青森県岩手県に近いところかな。

私もブログに書きましたが、私の実家のある秋田市からだと車でも2時間から3時間くらいはかかって遠いなあという印象。

秋田市は「秋田藩」の本拠地みたいなところで、鹿角はもともと岩手の南部藩の所領だったようです。

南部藩旧幕府軍についていたのですね。

秋田藩というところは、戊辰戦争では、はじめ奥羽越列藩同盟に属していましたが、早々に脱退し、新政府側についたところ。

私の父(秋田市生まれ)も言っていましたが、

戊辰戦争後、戦勝として鹿角の所領を手に入れたようです。

そのせいか、いろいろ言い伝えがあるようです・・・

5月の連休に秋田市の実家に帰ったときに母(秋田市生まれ)が「鹿角の人には気をつけなさい」と よく、年配の人がいっていたと言います。

それは昭和50年代になっても耳にしていたと話していました。

 

そのほかにもこんな記事が・・・

 

 

現在私は、福島県に住んでいますが、

ここは戊辰戦争の中心地、会津があります。

会津でも昔の人は「長州(山口県)の人とは結婚するな」という言い伝えが昭和の時代まであったようです。

 

 

 

*唐突ですが、宣伝です。

*最近 フリマアプリ メルカリをはじめました!

 

*こんなの売ってます♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッカー日本代表の専属シェフの西さん

2018年 7月1日のテレビ朝日

 東山紀之さん司会の情報番組でも取り上げられていました。

 

サッカー日本代表の縁の下の力持ち  専属シェフの「西 芳照さん」(にし よしてる さん)

 

 

 

 

西さんは福島県広野町(ひろのまち)在住です。

広野町で奥さまと飲食店「くっちいーな」を運営しています。

 

広野町福島県沿岸のいわゆる「浜通り」に位置する町です。

 

広野町は数年前に原発事故のために 避難区域でしたが、

線量も少なくなってきたことから

避難が解除されています。

住民も少しずつ戻ってきているようです。

 

西さんは、震災前から

楢葉町(ならはまち ここも福島県 浜通りの町)にある

サッカー施設

Jヴィレッジ」でも専属シェフとして活躍されていました。

 

この新聞報道によると

西さんはワールドカップサッカー 4大会連続の

専属シェフだとか!

 

奥さまのお話によると 毎回 大会から帰ってくると 西さんの体重が落ちてきているとのこと。

奥さまも心配しておられるようです。

 

こちら福島県内のテレビニュースでも西さんのお顔を拝見しましたが、

「西さん、痩せたなあ…。。」と思いました。

 

選手のみならず、

選手たちを支えるスタッフさんたちも共に戦っているのだなあと思いました。

 

各テレビ局はサッカーの試合時に

今回の  ワールドカップサッカーのテーマ曲を流していますが

私 個人としてはNHKのテーマ曲が好きです。

選手たちの鼓動が感じられる曲だと思いました。

 

Suchmos(サチモス)というグループの

VOLT-AGE(ボルテージ)という曲のようですよ♪

 

 

VOLT-AGE

VOLT-AGE

  • provided courtesy of iTunes

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋田県小坂町(こさかまち)の観光パンフレット

秋田県小坂町秋田県の北部にあります。

青森県岩手県の県境や十和田湖に近いところ・・・

今年5月の連休に十和田湖観光からの帰り道に小坂町の道の駅に立ち寄り、観光パンフレットを持ってかえりました。

 

 

 

 

秋田県北部というのは、昔、鉱山があり、栄えたところです。

今はもう採れなくなり、人口も減ってきて、通りすがりですが

「寂れているなあ」という印象を受けました。

先日、私が秋田県出身の、ノンフィクション作家の野添さんのことについて書きましたが、

その野添さんがライフワークにしていた

花岡事件の慰霊の旅・・・

ここの小坂町も鉱山が多数あり、中国人や朝鮮人が多数強制労働されていたと聞きます。

小坂町の観光パンフレットですが、そういった「負の歴史」については、ふれておらず、明治時代の近代化に貢献した!という華々しさを前面に押し出している印象です。

負の歴史を観光パンフレットにだすと、町全体のイメージが損なわれ、観光客もこなくなり、町としても観光収入が少なくなる恐れを懸念して小坂町としては、出さないのかもしれません。

でも、大学の研究者とか野添さんみたいな「負の歴史」に興味がある人が、結構、訪れるようです。

私も興味があり、今回は、小坂町は車での通りすがりでしたが、「負の歴史」を現地で考えてみたいので、行ってみたいと思いました。

昨今は「廃墟」に興味のあるマニアもいて、ツアーなどもあるようです。

廃墟」ならぬ「負の歴史に向き合うツアー」も企画したら面白いと思います。

トップブロガーの ちきりん さんも、昨年の夏に中国の満州731部隊の軌跡をみるツアーを企画し、フォロワーさんたちに呼びかけたところ、あっというまに参加人数が上限に達したというツイートもみかけました。

 

鉱山労働者向けの娯楽福利厚生施設として、明治時代に建てられた芝居小屋「庚楽館(こうらくかん)」今も現役で稼動しているようです。

 

 

 

 

建物もすばらしいので今では観光施設ともなっており、もちろん、芝居もみれます。

表向きは華々しい、芝居小屋ですが、

でもここは負の歴史の「表舞台」でもあるのですよ・

野添さんの本によると、中国や朝鮮から強制連行されてきた人々が、一時期、この庚楽館に一同に集められた・・・とありました。

寒くてひどい状態だったようです・・・

 

大館市の花岡鉱山にも、鉱山労働者向けの娯楽施設として

共楽館(きょうらくかん)」というのがありましたが、

ここも負の歴史の「表舞台」、

花岡事件を起こした中国人たちを捕らえて、

一同にここの共楽館に集めて、見せしめに暴行、虐待などが行われたようです・・・

 

 

藤田伝三郎・・・山口県萩市生まれ。

日本最初の軍靴製造業をきっかけに藤田組を創設。

のちの同和鉱業の前身です。

ウイキペディアなどをみると、明治時代に官営だった鉱山の払い下げを受けたようですね・・・

こうして東北の財が長州 山口県に集められていったのですね。

長州閥の資金源でもあったのでしょう。

東北の地は、戊辰戦争で負けたところ・・・・

秋田藩は明治政府へあとから付いたといわれていますが。

今年は戊辰150年です。

東京などでは明治150年などとうたっておりますが、

福島県内では戊辰150年といっています。

今の安倍総理山口県出身ですが、山口県出身の総理大臣はとても多いのですよね。

森友問題で、福島県出身の佐川元国税庁長官が国会で証人喚問されました。

佐川氏は会津出身ではなく、

いわき市出身ですけれど、長州出身の総理大臣の尻拭いをさせられたような気がします。

加計学園問題でも、佐川氏の前任者は、長州出身の迫田氏です。

迫田氏は都合よくまんまと逃げ切り、佐川氏は貧乏くじを引かされたような気がします。

小坂町の観光パンフレット「鉱山が遺した近代産業遺産」とありますが、

鉱山が遺した長州閥」は今も脈々と受け継がれている

そして東北人が貧乏くじを引かされる歴史の繰り返しを

今の国会で私たちは見させられているのだと、

この戊辰戦争で負けた地から私は見つめています。

 

 

 

 

 

 

 

 

野添憲治さん ③

野添さんは、日本の負の歴史に向き合ってきた人です。

その本の中に鶴見俊輔さんという著名な評論家の先生の言葉を上げておられました。(本は読んだときありませんが・・・)

国家が犯した犯罪を国家が償わない時は、民衆が手弁当で償わないといけない」と。

まさにこの言葉通りの生き方を野添さんはしてきたのだと思います。

 

私は戦後の生まれです。

今はもう平成も終わりのときがきており、戦後から70年以上も過ぎています。

日本の負の歴史、加害者としての歴史は胸に刻んでおかなければいけないけれど、もうそろそろ、日本もアジア諸国もお互いに前を向いて生きるときがきたと思います。

国家の罪を民衆が背負って償う・・・っていうのも、野添さんたちの年代が十分にやってきたと思いますし、

鶴見先生のように国家を背負うほどの力量なんて、私にはありません。

罪を償うといっても、そんな大げさなかたちではなく、たとえば、日本に旅行に来た中国人や韓国人に親切にしてあげるとか、そんなことでいいと思いますし、

それしか私にはできません。

私は前に東京 新宿に行ったときに、日本を旅行中の韓国の若い女性から高島屋に行く道を尋ねられました。

私は田舎者ですので、東京の道案内は不慣れですが、ちょうど高島屋から帰ってきてホテルに向かうところだったので、指さししながら親切に答えました。

その若い韓国の女性は、日本語が片言 話せましたね。

笑顔でお互いに別れました。

昨今は、ネット上でどういうわけか、韓国人や中国人を毛嫌いするような「ヘイトスピーチ」を言っている人がいます。

ものすごく差別的な言葉を使っています。

そういうことはやめたほうがいいと思います。

 

新しい時代の日本はどうあるべきかということを述べたマレーシアのマハティール氏の記事が載っていました。

 

 

私もおおむね、マハティール氏の意見に賛成です。

日本もアジアの国の一員として、アジア諸国といっしょに歩む姿勢が大事だと思います。

日本の外交ももう少し、独自、自主的に外交するべきだと思います。

今の安部政権をみると、アメリカにべったりで、アメリカ追随型の政権です。

2018.6.12に米朝首脳会談がありました。

大変に歴史的なことです。

アメリカファースト」のトランプ大統領は、今後 アジア地域における米国の支配を撤退させる方向だと見ている識者もいます。(たとえば在韓米軍撤退など) 

アジアのことは自分たちでやってくれ、もう米国はふるさとに帰るよと・・

マハティール氏の言うとおり、今までのアジアは軍事的にも経済的にも米国に支配されてきた・・・・

これからはアジアの時代です。

日本も今までのようなアメリカべったりな追随の姿勢ではなく、自主自立した国にならなければいけない時代に入った・・・

そんな予感が私はしております。

野添さんの本と今の国際的な流れを見比べながら、時代は変わっていく、歴史は動いていくのだなあと思いながら、

米朝首脳会談を見ておりました。