みちのく通信

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原子力規制委員会って何?

初代の原子力規制委員会会長の、田中俊一氏が、避難指示が解除になった飯舘村に移住したというニュース。

田中俊一氏は福島市出身。経歴もすごく、原子力が専門だったのですね。

原子力を規制・・といっても結局は原子力推進側の人間なのだと思います。

田中先生が学生だったころは、原子力分野の学問は花形で、いわば国を背負って立つようなエリートを養成する学部、入学試験は相当、難しかったことでしょう。

 

 

私はこの記事を読んだとき、とても複雑な感じがしました。

 

原子力規制委員会といっても、結局、国の方針にお墨付きを与える、権威機関のような感じといった印象を私はもちました。

そして、原子力を規制するといっても、結局は国の答えに引きずられる、

そして、原発をどうするのか?といったことに関しては、なんら決定権、決定力もなく、それに関しては「国がきめること」とか「東京電力がきめること」とかいうことが多く責任のなすりあい、それは国も東電もでしたけど。

 

福島県議会は再三にわたって、福島第二原発どうするんだ?廃炉にしろといっているのだけど、こんな調子です。第二原発って盲点ですよね。

 

福島県議会は、自民党も含めて、福島県内の原発はすべてやめろということで一致しています。

 

 

 

 

 

原子力規制委員会って

一体どういう組織なんだろう?

と常々私は思ってみていました。

飯舘村は、原発に関する電源交付金などの補助金など一切もらってなくて、酪農と農業で細々と営んでいた自然豊かな村。

 

飯舘村の住民は心優しい人が多いようです。

数年前の冬、あまり降らない福島県中通りでも雪が降り積もりました。

まだ当時、飯舘村の住民は国道4号線沿いの仮設住宅に住んでいた人も多かった。

国道4号がで雪のため多くの車が立ち往生してしまいました。

国道沿いの仮設住宅にいた飯舘村の住民は、炊き出しを行い、立ち往生しているドライバーさんたちにおにぎりや暖かいものを配った・・・というニュースがありました。

こうしたお話は学校の道徳の教材本にも載ったともありました。

また原発事故当時、浜通りから逃げてきた住民に対して、炊き出しをおこなって助けたという村民たちもいたというニュースも耳にしました。

 

電源交付金などのお金は原発立地の周辺自治体にはいわば「迷惑料」的な感じで支払われます。

ですが、飯舘村は、原発からは離れているので、

そういうお金も もらっていないのに、放射能の通り道になってしまった・・・

避難指示が解除になったので、線量は下がってきているのでしょうが、

震災から6年もたち、避難先での生活や学校に慣れてしまった若い世代ほど、戻ってはこないとも聞きます

 

田中氏には、この飯館村で「原子力とは何か」「原子力は自然と共生できるのか」ということを 終生 考えてほしいと思います