みちのく通信

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自主避難者

ツイッターをみていたら、こんなニュースが出ていました。

 

私の知っている人のなかにも、郡山市から自主避難していった母子がいます。

もう、その土地に慣れてしまい、お父さんだけ仕事で郡山に残り、お母さんとこどもは避難先で暮らしているようです。

郡山には戻らないようです。

その親子が集団訴訟に加わっているかはわかりませんが、自主避難した人も数多くいるようです。

事故後、三年目くらいから少しずつ、避難先から戻っている親子もいると当時の新聞報道ではありました。

離婚した夫婦もあったようです。

郡山市は国が指定する避難地域ではなかったですけれど、

放射線量は原発事故から1年から2年は場所によっては、0.2~0.3マイクロシーベルトを推移してたと思います。

今はだいぶ下がり、0.13とかくらい?

もっと下がっているかもしれません。

うちの近所の保育園では、いまでも放射能測定器が外にありますよ。

 

私はもう年ですし、逃げるところもないし、逃げるためのお金もありませんので、郡山にとどまりました。

事故直後はやはり、不安でした。

知識もなかったので・・・県外の友人からは「避難しないの?」とも言われ続けましたが、次第に腹がたってしまった。

というのも「そう簡単に、避難しろなんていわないでほしい。そういうんだったら、金をくれ」という気持ちになっていきました。(まるで 安達由美ちゃん主演のドラマ 「家 なき子」みたいですね・・・同情するなら金をくれってやつ)

 

郡山市内に残った私ですが、自主避難者に対しては、複雑な思いがいつもしております・・・

 

 

原発事故後1年後か2年後くらいに、事故当時 郡山市に在住していた人全員にも東電からお金がでましたよ。

それも2回。

はじめは大人ひとり8万円、子供(事故当時18歳以下のこども)は40万円、次の年は大人が4万円、子供は20万円くらいだったかな?

だから、家族が多い世帯では100万円くらいいったところもあったと思います。

お子さんのいるひとに何に使った?ときいたら、その当時、3月くらいにでたので、お子さんの学費や高校や大学の入学金などにあてた、この時期にそういうお金がでるのはとてもありがたいと話しておりました。

また瓦屋根が壊れたのでその修繕にあてた・・・

とも話していました。

うちの場合は子供がいませんので、灯油代などの生活費にいつのまにか消えてしまった・・・当時から灯油は高かったので。

ご近所の高齢のおばあちゃんは請求の仕方がわからず、私が教えてあげたこともありました。

年金+このお金はありがたいと話していました。

このお金は、中通りの大きなところでは福島市郡山市などにでました。

同じ中通りでも白河市にはでませんでした。

もちろん、会津地方にもでませんでした。

 

夫が、白河に仕事で行ったときに、仕事先の白河の人から、ちくりと嫌味を言われた・・・と話していたことを覚えています。

 

お金が絡むと人って変わります。私もそうですから。

 

原発事故が一度おきると被害は広範囲になりますし、こうしてお金のことで人間関係がゆがんでしまいます。

 

差別や偏見も生み出しますし、何かと人の感情や考えも複雑にからみ、面倒だし、なんだか嫌になります。

 

そういう意味でも私はいっそのこと、原発はもう辞めてほしいとおもっています。