みちのく通信

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秋田県小坂町(こさかまち)の観光パンフレット

秋田県小坂町秋田県の北部にあります。

青森県岩手県の県境や十和田湖に近いところ・・・

今年5月の連休に十和田湖観光からの帰り道に小坂町の道の駅に立ち寄り、観光パンフレットを持ってかえりました。

 

 

 

 

秋田県北部というのは、昔、鉱山があり、栄えたところです。

今はもう採れなくなり、人口も減ってきて、通りすがりですが

「寂れているなあ」という印象を受けました。

先日、私が秋田県出身の、ノンフィクション作家の野添さんのことについて書きましたが、

その野添さんがライフワークにしていた

花岡事件の慰霊の旅・・・

ここの小坂町も鉱山が多数あり、中国人や朝鮮人が多数強制労働されていたと聞きます。

小坂町の観光パンフレットですが、そういった「負の歴史」については、ふれておらず、明治時代の近代化に貢献した!という華々しさを前面に押し出している印象です。

負の歴史を観光パンフレットにだすと、町全体のイメージが損なわれ、観光客もこなくなり、町としても観光収入が少なくなる恐れを懸念して小坂町としては、出さないのかもしれません。

でも、大学の研究者とか野添さんみたいな「負の歴史」に興味がある人が、結構、訪れるようです。

私も興味があり、今回は、小坂町は車での通りすがりでしたが、「負の歴史」を現地で考えてみたいので、行ってみたいと思いました。

昨今は「廃墟」に興味のあるマニアもいて、ツアーなどもあるようです。

廃墟」ならぬ「負の歴史に向き合うツアー」も企画したら面白いと思います。

トップブロガーの ちきりん さんも、昨年の夏に中国の満州731部隊の軌跡をみるツアーを企画し、フォロワーさんたちに呼びかけたところ、あっというまに参加人数が上限に達したというツイートもみかけました。

 

鉱山労働者向けの娯楽福利厚生施設として、明治時代に建てられた芝居小屋「庚楽館(こうらくかん)」今も現役で稼動しているようです。

 

 

 

 

建物もすばらしいので今では観光施設ともなっており、もちろん、芝居もみれます。

表向きは華々しい、芝居小屋ですが、

でもここは負の歴史の「表舞台」でもあるのですよ・

野添さんの本によると、中国や朝鮮から強制連行されてきた人々が、一時期、この庚楽館に一同に集められた・・・とありました。

寒くてひどい状態だったようです・・・

 

大館市の花岡鉱山にも、鉱山労働者向けの娯楽施設として

共楽館(きょうらくかん)」というのがありましたが、

ここも負の歴史の「表舞台」、

花岡事件を起こした中国人たちを捕らえて、

一同にここの共楽館に集めて、見せしめに暴行、虐待などが行われたようです・・・

 

 

藤田伝三郎・・・山口県萩市生まれ。

日本最初の軍靴製造業をきっかけに藤田組を創設。

のちの同和鉱業の前身です。

ウイキペディアなどをみると、明治時代に官営だった鉱山の払い下げを受けたようですね・・・

こうして東北の財が長州 山口県に集められていったのですね。

長州閥の資金源でもあったのでしょう。

東北の地は、戊辰戦争で負けたところ・・・・

秋田藩は明治政府へあとから付いたといわれていますが。

今年は戊辰150年です。

東京などでは明治150年などとうたっておりますが、

福島県内では戊辰150年といっています。

今の安倍総理山口県出身ですが、山口県出身の総理大臣はとても多いのですよね。

森友問題で、福島県出身の佐川元国税庁長官が国会で証人喚問されました。

佐川氏は会津出身ではなく、

いわき市出身ですけれど、長州出身の総理大臣の尻拭いをさせられたような気がします。

加計学園問題でも、佐川氏の前任者は、長州出身の迫田氏です。

迫田氏は都合よくまんまと逃げ切り、佐川氏は貧乏くじを引かされたような気がします。

小坂町の観光パンフレット「鉱山が遺した近代産業遺産」とありますが、

鉱山が遺した長州閥」は今も脈々と受け継がれている

そして東北人が貧乏くじを引かされる歴史の繰り返しを

今の国会で私たちは見させられているのだと、

この戊辰戦争で負けた地から私は見つめています。