みちのく通信

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藤田嗣治「秋田の行事」

藤田嗣治という画家 知っていますか?

1930年代昭和の初期に秋田にて秋田市の資産家 平野政吉の援助を受けて大作「秋田の行事」を描きました。

 

 

「秋田の行事」は1937年

昭和12年の作品です。

私は2014年   平成26年

の11月に秋田県立美術館にてこの「秋田の行事」の実物を見たことがあります。

横に長い本当に大きな作品です。

そこには昔の秋田の人々の日常の暮らしが描かれております。一緒に行った母は「懐かしい」と言っておりました。

昔の人々が着ているものや風俗がよく描かれているそうです。パトロンだった平野政吉もこの絵の中に描かれており、

私はまるでヒッチコックの映画みたいだと思いました。

夏の秋田の竿灯祭りや

冬の太平山三吉(みよし)神社の梵天(ぼんてん)祭りが描かれております。

平野政吉という人は秋田市の資産家でこの藤田嗣治と東京で知り合ました。

平野政吉は美術に造詣があり

美術品のコレクターだったことから縁が生まれたようです。

平野政吉はいわば藤田嗣治パトロンで生活一切の面倒を見ながら、

平野の家(蔵)でこの絵を描かせたようです。

平野政吉と言うのは秋田市の裕福な資産家で秋田市大町で米穀商を営んでいたようです。

私の父も秋田市大町の生まれです。

昭和7年生まれです。

小さい時に大人の人たちから「平野の家の蔵には化け物がいるから子供は近づいてはなんねー!(近づいてはならない)」と言われたようです。

父だけではなく母もこの話は知っていて

母も秋田市生まれですのでこの話は秋田市内では有名だったようですよ。

藤田嗣治の当時の髪型を見ると「キャラが立っている」というか

ちょっと地方では考えられないような髪型をしており、

どちらかと言えば「ちょっと変わった人」と言う印象ですので、

大人たちが「化け物」言うのも納得できるような風貌です。

「化け物」と言われるほど気迫を持ってこの大きな絵をかいたのでしょう。

秋田県立美術館の建物の設計はあの有名な安藤忠雄先生。

コンクリート打ちっぱなしと水のある建物で安藤忠雄先生らしい建物です。

 

美術館のカフェから千秋公園を望むところに水が張ってある空間があるのですが、

冬の秋田は寒くて水が凍ってしまうので、冬場は水抜きをするので水は張っていないと秋田市在住の姉から聞きました。

秋田の行事は冬の暮らしも描かれております。

東京生まれの藤田嗣治は雪国 秋田ならではの冬の人々の暮らし、風俗、習慣と言うものが珍しかったんじゃないでしょうか?

江戸時代に菅江真澄(すがえますみ)という紀行家がいて、

秋田の冬の暮らしなどを絵に書いており紀行文にしています。

菅江真澄三河(今で言う愛知県)の出身。

菅江真澄藤田嗣治もどちらも冬は雪が降らない暖かい地方の出身。

秋田出身の私にとっては何でもない冬の日常ですが、

こうした人たちにとっては秋田の冬の暮らしと言うものが

より新鮮に感じられたのでしょう。